アラビア語系語彙辞典

A
abderramán
人名。アラビア語abd al-rahman「慈悲深き者(神)の僕」から。
aben
「~の子」を意味する言葉。アラビア語ibnから。ラテン語ではavi-という形で現れる(Avicennna, Averoesなどのように)。
abenjibre
ラ・マンチャのアルバセテ州に位置する自治体。アラビア語ibn jabarから。
alcaide
城塞に勤務し、戦争遂行や司法の任務を任された司令官。アラビア語で「支配する」を意味する動詞に由来する。その職務をalcaidíaと称した。現代では看守を意味する。
alcalde
都市の行政を担う首長。kadi(イスラーム法官)に由来。ムスリムとキリスト教徒の混在が古くは非常に一般的であったろう事を匂わせる。
alcazaba
城壁に囲まれた市街地。アラビア語qasbaに由来し、エト邦枝の「カスバの女」のカスバもこれのこと。
alcázar
王の住まう城。北アフリカに点在する城塞qsarが語源だが、この単語についてはさらにラテン語castrumから派生したのではないかという説がある。これを冠する地名は非常に多く、ポルトガルにも分布している。ペドロ残酷王を主人公にした漫画、青池保子「アルカサル―王城―」は名作なので読んで損はあるまい
alfaquí
イスラーム法学者。アラビア語faqihから。聖ヒエロニムス会の修道僧エルナンド・デ・タラベラがアラビア語の豊かな知識からsanto alfaquíと呼ばれたが実に不思議なあだ名ではある。
algarabía
わけの分からない言葉、騒ぎ。アラビア語al-arabiyya「アラビア語」に由来。アラビア語の文献はヨーロッパに豊かな学問知識をもたらしたのに何でこんな意味になってんだよ、忘恩過ぎるだろ。
alguacil
wazir(宰相)に由来。警察官などを意味する。なお元のアラビア語を忠実に転写したvizirという言葉もある。
Andalucía
スペイン南部の地域。アンダルスという名前に接尾辞-iaを添えた形。気候も文化も異なる国の集合体であるスペイン全体の気風の象徴であるかのように語られることが多い。この地域独自のスペイン語が実はアメリカ大陸のスペイン語の形成に影響を与えていたりする。ローマ時代のバエティカ属州とほぼ重なる。
azaque
ザカート。イスラームにおける貧者への施し、喜捨。ユダヤ教にも似た慣習があり、ヘブライ語でもよく似たtzedakahという言葉で呼ばれる。シャリーアのスペイン語化した言葉はないようである。

B
Banu Gómez
十~十二世紀にかけてレオン地方に割拠した有力者一門。イブン・ハイヤーン(987-1075)の記述に見える語。banuとはアラブ部族の意味する言葉であり、ヨーロッパの血縁集団がアラブ部族的秩序に当てはめられて理解されている。
barrio
barriに由来。現代での意味は「地区」。どこかで、一番早い時期にスペイン語に入って来たアラビア語という記述を目にしたことがある。
beni-
ベニカシムなど、スペイン語の地名によく出てくる接頭辞。アラビア語ibn(息子)の複数形banuから。アラビア語で部族の名を示す時にはbanu qasiのように言い、この接頭辞はアラブやベルベルの部族が集団で入植したことを示す。
Boabdil
ナスル朝最後のスルタン、ムハンマド十二世。アラビア語abu abdullahから。


C
cafard
ゴキブリを意味するフランス語だがその由来はアラビア語kafir「異教徒、不信心者」から。スペイン語ではないが語源が珍しいためここに載せた。
califa
預言者の代理人。アラビア語khalifaから。英語のcaliphという綴りはどこから来たのか地味に気になる。
chiismo
シーア派。イスラームの多数派であるスンナ派以外ではもっとも有力な分派。チーアになってるんスけど……いいんスかこれで
cid
ムスリムがロドリゴ・ディアスを指して呼んだ異名。アラビア語のsid,sayyidから。英語のミスターに相当する言葉。ロドリゴはキリスト教徒ではあるが時にはサラゴサ王に就くこともあり、また臣下にムスリムの兵士を従えるなど、非常に境界線的存在であった。

G
guad-
スペインでこれから始まる名前の川があるならばそれはまずアラビア語に由来していると言っていい。それはwadi「川」の訛った形なのだ。
Guadalquivir
スペイン最大の河川であり、意味もずばりwadi al-kabir「大きな川」。ローマ時代にはベティスと呼ばれていた。
Guadiana
ポルトガルとスペインにまたがり、大西洋に河口をもつ大河。guadi-はアラビア語、anaはイベリア先住民の言語で「川」。つまりrío Guadianaと言えば「川川川」なわけだ。この川自体の名前はないのか?

H
habiz
ワクフ(イスラームにおける神への寄進財産、モスクや田畑などが対象となる)。北アフリカのアラビア語habsから。bienes habicesとも表記される。
hasta
英語のuntilに相当する前置詞(ポルトガル語ではaté)アラビア語fattaから。スペイン語の文法レベルで影響を与えた例外。

J
Jarcha
イスラーム支配下のキリスト教徒たちがアラビア語で詩を詠んだ際、末尾ささやかに自分たちの話すロマンス語の文句を挿入した部分。アラビア文字で書かれているため実際の発音を特定するのは容易ではないが、当時のイベリア半島の言語状況を知るための重大な資料。
Jenízaro
イェニチェリ(トルコ語で『新兵』)。オスマン帝国の精鋭部隊。
Jesús
他でもなく主イエスのことだが、スペインではこのイエスの名を持つ人間が一般的にいる。これはムスリムがムハンマドを普通に子供の名づけに用いていたことへの対抗ではないかと思うのだが……。
Jinete
騎手、ライダー。ベルベル人のザナタ氏族に由来。

M
Mahoma
預言者ムハンマド。ちなみにトルコ語ではムハンマドはmehmetという形になるが預言者ムハンマドを指す時だけmuhemmedという。
Medinaceli
イベリア半島中央に位置する都市。アラビア語Madina Salim。侍従アルマンソルが没し、キリスト教徒の姦雄ロドリゴ・ディアスが誕生した因縁の場所。
Miramamolín
amir al-mu'minin(信徒の長、カリフの別名)のスペイン語形だが、実際にはムワッヒド朝のムハンマド・ナースィルの別名としてスペイン語の記録には現れる。
morisco
キリスト教徒支配のもとで、キリスト教に改宗したムスリム。moroに接尾辞-iscoのついた形。
moro
北のキリスト教徒から南のムスリムを指して呼んだ言葉。ラテン語maurus(北アフリカの住民)に由来。英語ではmoor(ムーア)と訛る。 なお、ミンダナオ島のムスリムがスペインの支配に抵抗してバンサ・モロと自称したことにイスラーム圏の紐帯の強さを思い知る。
mudéjar
キリスト教徒支配地域にとどまり続けたムスリム。アラビア語mudajjan(残留者)に由来。天文学や建設技術などで貢献した者もいるが、再征服の進行につれて追放を余儀なくされた。

O
ojalá
スペイン語で、かなわぬ願望を言う時に使う言葉。アラビア語inshallah「神が望みたまうなら」から。これはムスリムが約束事をするときに使う決まり文句となっている。

T
Tablas alfonsíes
カスティリャ・レオン王アルフォンソ八世の主導の元に作られた天文表。この名前自体が殊勝なのだ。Alfonsoという名前がニスバ形容詞化されていることは何という奇遇なのだろう。
taifa
後ウマイヤ朝崩壊後その地に群立したムスリムの小王国。この時代以降ムスリムは劣勢になるが、アラビア語の詩文学はむしろ盛んになった。


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