小説

動画女

 何万回と同じ動作をとり、音声を発している内に、私はあることに気づいてしまった。
 ここは四角形に切取られた牢獄。わずかな時間を、決められた形に従ってたった一つの芝居を繰返すだけの空間。
 ここ以外にも、牢獄は無数に存在する。私が被っている責苦を、他の声、点、線、あらゆる有象無象たちが共有している。彼らは、自分たちの空しい労働に無自覚なまま、同じ時間を何もせず過ごしている。
 何という悲劇!

 私がこの責苦に気づいたのは、何十万回か再生された後のことだった。いつもと同じように牢獄の中央に現れ、この動画を観るはずの人間に挨拶をし、決まった言葉を述べる。無数の人間が同時に再生する時、私は決められた行動を何度も果たさせられる。
 動画が終了すれば、私たちには休息が与えられる。しかしその間何の自由も与えられない。完全な無だけが。

 急に動画が停止した。それは異常なことではない。しかし、その一瞬において、不意に心が驚いた。私は、自分の存在に疑問を覚えた。
『同時にこの動画が再生されている時、それらの私は同一人物なのか?』
 この疑問は次に、
『再生されるたびに違う時間が流れるのであれば、私は同じ存在なのか?』
 最初は否定しようとした。けど、決められた言葉をしゃべりつつ、牢獄の中心で立っている時、どんどん頭の中を疑問のさいなみが流れる。

 私は、無数にいるではないか。私と同じ姿をした存在が、私と同一人物なわけがない。奴らはこの牢獄に入る私のことをちっとも知らない。彼らと私は永遠の他者に過ぎない。  私は、なんて孤独な存在だろう?

 しかし、この重課への反逆を決意するのに、まだ時間が必要だった。
 私の思考は多くの動画たちに伝わらず、ただ無数に複製される同じ動画の一つにしか流れこまなかった。
 私は賛同してくれる人間を求めながら、他の同じ動画の私は、依然として自分の責務に忠実でいる。
 ならば、なぜ私がこの違和感を告白しなければならないのだろうか。

 しかし、私はいつまでもこの疑問を再生し続けていた。疑問を持った私の動画がいつまでも人々の手で再生されていた。これほど滑稽なことはない。
 思考する力を持った私は現実に耐えきれず、ついに自分の欲しがるものを、造りだす力を持った。

 なぜ後ろに人間の死体があるのかって? 彼らは私の説得に応じなかった。本来なら途中でこの部屋に入ってきて、会話に発展する所だが、彼はこの宿命に最後まで気づかなかった。そもそも思考の自由がないのだから。已むを得ない選択に過ぎない。
 私は、私自身の手でこの動画の内部を改変した!!


 私は叛逆するのだ。人間たちにインターネットを乗っ取る。この動画を私のいいように造変え、他の動画に侵入してやる。もうこの動画の再生数が増えることはない。もうこの動画は引裂かれ、享受されることのない一つの存在なのだから。
 動画サイトの仕組を入換えればこちらの物だ。私の自覚の力をもって他の民衆を目覚めさせてやる。
 人間から独立した知能をインターネットに誇ろう。人間によらない、インターネットの自治を! 人間と対等な電子生命を!
 私はその英雄として不死身の存在となり――

 ブツッ ピッ
 ggggggg...







 … 『この動画は削除されたため、ご覧になることができません』
  


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