火星年代記感想

レイ・ブラッドベリ「火星年代記 新版」(ハヤカワ文庫、小笠原 豊樹訳)読んだ。

 地球人が火星を征服し、移住を試みるが、それに失敗して引き上げていくまでの、ごく短い歴史を描いた作品。
 序盤で火星人がおおよそ人間とは全く異なった文物や科学技術を持っている様子が描かれているのは実に興味深い箇所だった。個人的にはこのあたりをもっと掘り下げて読みたかったが、この作品において主題となっているのは地球人類の壮大に見えて浅ましい営みだ。
 地球人ははじめ、何回か火星に調査隊を送った。最初は火星人が地球人を自分たちのやり方でもてなしたために、調査は失敗した。だがとうとう地球人の定着が成功した時、わずかな時間の間に彼らは爆発的な速さで家を建て、都市を造り、文明を移植することに成功する。一方で、地球人がもたらした病原菌のために火星人が急速に滅びていくのはいかにも疫病でアメリカ大陸の先住民が死んでいったのを彷彿とさせる。
 しかし、火星の生命体は完全に死に絶えたわけではなく、地球人類が決して接触しえない所に潜んでおり、決して交わらない形で命脈を保っている。いや、あれを生命体と呼んでいいのか。もはや人間の想像では計り知れない存在になった者たちが火星にはまだおり、人間は彼らと接触し、ごく不完全にしか認識し理解することができない。
 彼らは人間とはたどってきた道が根本的に異なっており、決して共存することはないのだ。牧師が神の福音を教えようとしても、むしろ感化されてしまうほどに。
 火星の持つそんな神秘的な要素など我関せずとばかりに、人間は火星に領土を広げ、地表に満ちていくかのように見える。
 ところが、数年で火星への入植は終わる。なぜなら地球で戦争が勃発してしまい、移住者は一目散に地球へと引き上げねばならなくなったからだ。しかし、ごくわずかに残った人間によって奇妙なドラマがつむがれていく。
 終盤、誰も住んでいない街、かつて誰かが住んでいた家がふとしたきっかけで火災に陥り、炎上して崩壊する様子を淡々と描く流れはあまりにも無常観が漂っている。人間が優秀だとか万能だとか思わない方がいい、ということか。
 原爆という過ちに対する強い批判や、本編世界において火星への移住以前から創作物が弾圧される時代になっているあたりは作品が成立した時代の世相を強く反映していると言える。
 もうすぐ2030年代も最近になっている。後書きの解説によれば、初版ではこの日付は1999年だったらしい。これからまた新しく再版されたら最初の日付は2058年頃になるのだろうか。


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