典拠: Salve 救い給へ regina misericordiae 慈愛深き女王 vita dulcedo 甘き命、 et spes nostra, salve しかして我らが希望、救ひ給へ ad te clamamus 我ら君に請ふ exsules filii evae 我らエバの子、追はれし者 ad te suspiramus 我ら君に告ぐ gementes et flentes 嘆きかつ泣きて In hac lacrimarum valle この涙の谷に Eya ergo advocata nostra, illos tuos あはれ我らが弁護人、汝が misericordes oculos ad nos convente 優しき眼を我らに見せたまへ。 Et Iesum benedictum 祝福せられたるイエスを fructusventris tui 汝が胎なる果実を nobis post hov exilium ostende 見せたまへ、この追放の後の我らに O clemens, o pia, o dulcis Maria. あはれ慈しむ、慎める甘きマリアよ Alpha et Omega misit de superis アルパにてオメガなる者、高き慈悲より gloriosum solamen miseris, 褒むべき慰めを給へり cum Gabriel a summa hierarchia ガブリエルとともに、至高の位 Paranimphus dicit in armonia: 婚宴の輩の言ふやう、 Ave Virgo Maria. 「幸あれ処女マリア」 O pastores pro Deu surgite, 羊飼ひよ神のために立て quid vidistis de Christo dicite. キリストについて見しことを言へ Reges Tharsis de stella visione. ひむがしの王は星の影の sint testes in apparitione: 証人たらしめよ Ave Virgo Maria. 幸あれ処女マリア O clemens, o pia, o dulcis Maria. 慈悲深き者、慎しめる淑女、甘きマリア Fons humilis, aquarum puteus, 冷たき泉、清き水 rosa mundi, splendor sydereus, 世の薔薇、星の煌めき、 amigdalus Aaron fructuosa, 実り深きアーモンド precantibus esto lux gloriosa: 祈る者の栄えある光たれ Ave virgo Maria. 幸あれ処女マリア ◇ マリアの称える聖歌というのがよく伝わってくる。 英語ではhailと訳するところだけど、これを日本語に訳す適切な言葉がないんだよな……salvo「救う」(なお本来はsalvus,-a,umと活用する形容詞で、キリスト教文学で動詞としての意味が造られたらしい)から派生してる言葉だよ? 神様、救ってくださいという意味がほの見える言葉だよ。それがイタリアでは今でも日常の挨拶に残っているんだからどれだけ宗教が(信仰心の有無や違いが問題にならない位)言語の中に根付いてるかってことだよな。日本語でもちょうど同じことだ。 |